簡素の中の芸術
- miwacchi
- 1 時間前
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みなさま、こんにちは。
今日は陸奥新報のコーナー「望遠郷」に2024年8月27日に掲載された第2回目の記事「簡素の中の芸術」をブログで紹介したいと思います。
シェーンベルクの小品を勉強したとき、当時習っていたベルリン芸大のピアノの教授のHeide Görtz先生から、
「みわが弾くとなんだか俳句のように聴こえるわね」
と言われたことがありました。もう20年以上前の話。懐かしい…
まさしくその時勉強していたシェーンベルクのOp.19を藤田かつ子先生主催の地元弘前での
コンサートで弾くことになっていたので、これはタイムリーだなと思い、記事にしたものです。
もし時間があったら読んでみてくださいね♪
望遠郷 第二回目 簡素の中の芸術
留学先のベルリンで勉強していた頃、オーストリアの作曲家シェーンベルク(1874ー1951)の作品19という小品をレッスンしていただく機会があった。この曲は非常に短くそれぞれが独立した6曲からなる曲で、調性には支配されておらず、中心となる音がない。音楽を聴いてみると、演奏者が間違って弾いているのかどうなのかよく分からない、なんとも不思議な響きがする。モーツァルトやベートーベンなどに代表される西洋の伝統的な音楽とは異なる。
このシェーンベルクの小品を当時の先生に聴いていただいたとき、「ミワが弾くと俳句のように聞こえるわ。日本人だからかしら?不思議ねぇ」というような旨の感想をいただいた。先生が俳句を知っていることにとても驚いたし、日本から遠く離れた地でドイツ人の先生から「俳句」という言葉がでてきた時には大変驚いた。おそらくこの曲の持つ非西洋的な雰囲気と短い簡潔な構成、そして不思議な間の取り方などが、先生に日本や俳句を連想させたのだろう。ちなみに余談になるが、この時の先生の言葉がきっかけで、シェーンベルクの作品と雅楽は意外と合うかもしれないという発想に至り、来月弘前のコンサートで雅楽の楽器の龍笛とコラボをすることになった。1曲1曲のピアノの合間に龍笛で即興的な演奏を入れていく試みをする。シェーンベルクに怒られそうだけど個人的には面白いんじゃないかと思っている。
話を俳句に戻すと、この執筆をしながら海外での俳句とはどんなものなのか気になったので軽く調べてみた。海外での俳句のルールは簡単に言えば、3行の短い詩であること、5・7・5のリズムはなくても良い、ということだった。例えば松尾芭蕉の有名な俳句「古池や 蛙飛び込む 水のおと」は英語では「The old pond(ジ オールド ポンド) A frog leaps in.(ア フロッグ リープス イン) Sound of the water(サウンド オブ ザ ウォーター)」となる。5・7・5のリズムがないと個人的にはなんともスッキリしないし、俳句とは全く別物のように感じてしまうけれど、自分の考えを理路整然と言葉で表現することが重要な西洋文化で育った人たちにとっては、たった17音で、自然や心情など、その人が今経験しているさまざまなことが表現できてしまう俳句は驚異的なのだろう。
俳句のみならず、日本の美意識は簡素さの中に集約されることが多い。例えば、庭に石や白砂などを置くことで水の流れを表現する枯山水は、侘び寂びの精神や、水のないところにも水を感じるという禅の精神性を表現しているが、自分が見ているものの奥に隠された意図を観察するということは俳句とも共通する。このような日本的な精神性が日々失われつつある現代ではあるけれど、大事に残していきたいと思う今日この頃。




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