楽譜を「意味」で読めるようになった日

若い頃の私は、音符とリズムだけを頼りに、楽譜を一音ずつ追いかけていました。
もちろん、音楽理論は学んでいました。でも、それを実際の譜読みや演奏と結びつけて捉える感覚は、まだ十分に育っていませんでした。
フレーズをどのように捉え、どこへ向かわせるのかについても、じっくり教わる機会はあまりなかったように思います。
もちろん、それでも曲は弾けました。
けれど当時の私にとって楽譜は、意味のある言葉で書かれた文章というより、順番に読み解いていかなければならない「記号の列」に近かったのかもしれません。
変化が訪れたのは、自分が教える立場になってからでした。
生徒さんに説明するためには、なぜそのように弾くのかを、まず自分自身が理解しなければなりません。
「ここはドミナントからトニックへ、緊張から解決へ向かっている」
「これは古典派の作品によく現れる進行だ」
そんなふうに、楽譜の中にある音楽の仕組みを、少しずつ自分の言葉で説明できるようになっていきました。
すると、それまで知識としてばらばらに覚えていた音楽理論と、実際に響いている音楽が、一本の線でつながり始めたのです。
教えることを通して、私はもう一度、音楽を学び直していたのだと思います。
そして不思議なことに、楽譜の中にある仕組みを意識するようになってから、譜読みの速度が目に見えて上がりました。
一つひとつの音符を追いかける前に、
「この和音なら、次はこう向かうはず」
「このフレーズは、ここへ着地するはず」
という予測が働くようになったからです。
ばらばらに見えていた音符が、意味のあるまとまりとして目に入るようになり、楽譜の見え方そのものが変わっていきました。
音楽理論は、堅苦しいルールの寄せ集めではありませんでした。
今いる場所と、音楽が向かう先を教えてくれるもの。
楽譜を速く、そして深く読むための「地図」だったのかもしれません。
次回は、この「まとまりで読む」感覚を、もう少し具体的に紐解いてみようと思います。


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